文書と文章2008年02月21日 08時59分06秒

「文章」という言葉を使うべきときに「文書」という言葉を使う人間に本当にたまーに出会うのですが、エンジニアの仕事が出来るかどうかのひとつの指標として使えると思います。

エンジニア的には全く別の意味の言葉であることは明らかなのですが、そのような言葉の意味の違いを意識していないという時点で、エンジニアとしては失格です。

ソフトウェアに限らず何らかのモノ作りをする場合には誰もが間違え様のない明確な仕様が必要です。仕様というのは言葉の定義づけの集まりであるとも言えます。その基本的なことが身についていない証拠になります。

一般の会話としては修正が出来るような言葉の違いですが、言葉の使い方ということを日ごろから厳格に考えているかいないかは大きな技術力の差となって現れます。

ちなみにブログに書いている内容は「文章」であって、「文書」ではありません。

青信号の色は緑2007年12月10日 10時36分50秒

こちらでも話題になっている通り、昔から日本人は緑色のことを青と呼ぶことが多いようです。

実は中国の方と話をする機会があり、そのことを非常に不思議に感じておられるようでした。 最初は単純に文化の違いというような程度でこのことを捉えていたのですが、落ち着いて考えてみると文化の違いということではなく、感性の違いではないかと思うようになりました。

この、感性に対する対応というのは非常に重要で、システム開発、特にオフショア開発を進めるような場合には気をつける必要があります。

私自身、この件について少々認識を改めたことがあり、分析してみたいと思います。 私はオフショア開発ということが叫ばれるはるか前に中国の方と一つのプロジェクトで仕事をする機会があり、中国のエンジニアに対しては非常にマイナスのイメージを持ってしまいました。 そのときの中国の方に対する印象は以下です。

  • 指示どおりの実装を行わない
  • 自分の手法に誇りを持ち、仕様書を無視した設計に勝手に変更する
  • プライドだけが高い
  • テストがいい加減である
  • 指示内容の範囲以上の仕事を行わない

ですが、「青信号は緑なのになぜ青なのか」ということを真面目な顔で質問する中国の方のことを後からこうやって考察した結果は以下です。

  • 自分の感性に子供のように正直である
  • 優れたものはやってみせる
  • システムや製品に対しての期待度が日本人と異なる
  • 指示内容の範囲以上のことは知りようがない
  • 行動アルゴリズムが異なる
  • 日本人の行動アルゴリズムは優れていない

ただ、これはもちろん個人とか会社組織の姿勢にも依存します。 ずる賢く、契約書に書かれていないような指示されていない仕事について、追加請求をどんどん膨らませていくような対応をされるという話も、よく聞きます。