レトロフォーカス方式という間違った表現は藤井旭氏に責任あり2009年06月19日 00時38分25秒

望遠鏡を使った撮影方式として一部で「レトロフォーカス方式」などという表現が使われているという疑問について、全て藤井旭氏に問題があることが判明しました。

氏は天体写真のパイオニアとも云うべき人で、私自身も氏の著書で天体写真をはじめた一人でもあります。実際に「星空への招待」というイベントに参加して目にしたこともあり、尊敬に値する人だとは思います。 しかしながら、影響力のある人間は「用語」については細心の注意を払う必要があります。その点においては別の次元なので氏には業界的に反省の弁を述べてもらいたいと思います。

以下に情報の出所を整理してみましょう。

レトロフォーカスという用語を使っている解説書

  • 「天体写真の写しかたが分かる本」藤井旭著 誠文堂新光社2007年8月10日発行
  • 「最新 藤井旭の天体写真教室」藤井旭著 誠文堂新光社2002年4月27日発行

いずれの書籍でも対物レンズとカメラの間に凹レンズ(バーローレンズ)を挿入した合成焦点距離を伸ばして、望遠効果を高める撮影方法として紹介していますが、用語の語源などは全く触れていません。

なお、バーローレンズは接眼部にアイピースを取り付ける前提で追加で取り付ける製品しかありません。したがって、直接焦点用カメラアダプターでは撮影することができず、拡大撮影アダプターを使うしかありません。後述するように「拡大撮影法」の一つとしての「リレーレンズ方式」という表現の方がしっくりします。氏の使い方を実現できるのはレンズメーカ、カメラメーカが出しているテレコンバータしかありません。しかし、上記の書籍ではテレコンバータを利用した撮影はレトロフォーカス方式の一例としては紹介されていません。

レトロフォーカスという用語を使っていない解説書

  • 「天体写真の写し方」藤井旭著 誠文堂新光社1970年8月15日弟1版発行
  • 「天体写真クラブ」沼澤茂美著 誠文堂新光社1996年12月2日発行
  • 「プロセスでわかるはじめての天体写真」八坂康麿著 誠文堂新光社1998年6月1日発行

レトロフォーカスという言葉を使っていない藤井旭氏の著書では「間接撮影法」の一つとして、バーローレンズを使った撮影方法は「リレーレンズ方式」の一つの例として挙げています。こちらの方が適切。沼澤茂美氏の著書では単純にバーローレンズを使った「拡大撮影法」という表現を使っています。 また、八坂八坂康麿氏の著書では以下の分類で説明しています。

  • 直接焦点撮影
  • 拡大撮影(望遠鏡用テレコンバーターレンズ)
  • 拡大撮影(カメラレンズ用テレコンバーターレンズ)
  • 拡大撮影(接眼レンズや拡大撮影レンズ)

要するに、いずれの書籍でも専門的な「用語」として「レトロフォーカス」などという言葉は全く紹介していません。

ウィキペディア以外でのWeb検索(retrofocus/retrofocus telescope)結果

そもそも「レトロ」・「フォーカス」とは

フォーカスは焦点を合わせるという意味の用語。問題なのは「レトロ」の方です。 レトロというのは「古い」という意味もありますが、ウィキペディアの内容を引用すると、以下になります。

「レトロ」は「後ろへ」、「フォーカス」は「焦点」
の意味を持つ。
レンズの前群を凹レンズ系とすることで焦点を
後ろへ移動させた、 つまり光学系を前に
移動させた構成であり、望遠型レンズ[1]と
逆の構成なので「逆望遠」とも呼ばれる。

つまり、被写体側が凹レンズでカメラ側が凸レンズ系のレンズ構成のことをレトロフォーカス式と呼ぶのであって、カメラ側に凹レンズがある構成はレトロフォーカスとは呼ばないのです。 また利用形態的にも用語が矛盾している。それは「望遠型」ではなく、「逆望遠型」の光学系を指すという事。通常は広角レンズのバックフォーカスを確保するためのレンズ構成であり、拡大率を上げるための、つまり、「望遠レンズ」の構成には使われない。 私の前回の記事で、「レデューサを使った場合はレトロフォーカスと言ってもいいかもしれない」と云う趣旨のことを書きましたがこれも違います。被写体側には凹レンズ系ではなく、凸レンズ系が位置されるため、凸レンズ~凸レンズの構成になるからです。

専門用語とは

どんな分野でも必ず「用語」というものが存在します。

それは複雑な前提条件を含めた状況説明を省略して説明するのに便利だから存在するといっても過言ではありません。共通認識するための道具とも言えます。つまり、多くの人間が使っている言葉は「用語」と言えますが、多くの人間が使っていない言葉は「用語」ではありません。

また、用語には原理的な説明を表すものと利用形態を表現するものに分けられると思います。

原理的なものとは理論、原理、原則、法則、学説などに由来するもの。天体望遠鏡の光学系の分類で言えば以下のようなものがその分類になるでしょう。

  • 屈折式
  • ニュートン式
  • シュミットカセグレン式

架台の種類で言えば以下のようなもの。

  • ドイツ式赤道儀
  • フォーク式赤道儀
  • 経緯台

今回のレトロフォーカスというのは原理、原則、特許に由来するカメラレンズとしての確固とした「専門用語」として定着しています。それを別の意味で使うというのは全くの間違いです。

つまり、専門的な話をするときは「専門用語」を使わないと会話が成り立たなくなりますが、「レトロフォーカス」は天文、天体写真の専門用語ではありません。 天体望遠鏡を使った撮影方式のひとつとしての「レトロフォーカス」は「藤井旭造語」と言っても過言ではないでしょう。そんなものを公の解説書に使うべきではありません。百歩譲って使った場合でも「造語」であることを記載すべきです。

出版社の誠文堂新光社も「天文ガイド」という専門誌を出しているわけですから、意見を出すべきだったと思います。

整理すると「用語」の条件は以下です。

  • 不特定多数が認知可能な共通語
  • 専門性のある用語は利用者各自の理解度にばらつきがないこと
  • 学術的、原理的な解説ができること
  • 発明、特許に由来するもの

「レトロフォーカス」は発明に由来する「天体写真撮影以外」の分野での専門用語であり、全く別の意味で使われています。そんな用語を天体写真用語として使うのは天文の専門家としては失格だと言えるでしょう。

おまけ(ボーグパーツの使い方)

一般的な望遠鏡を使った天体写真撮影の方式が分かると思いますので、ボーグという望遠鏡のアクセサリパーツの紹介です。 例えば以下の「コンパクトエクステンダー」はこの記事の話題のバーローレンズと同じ機能のものです。以下を見ればわかるとおり、「レトロフォーカス方式」なんて用語は全く使っていません。そんな用語をわざわざ作ってまで使う必要なんてないからです。

権威主義2009年06月19日 12時39分05秒

前の記事を読んでお気づきの方はまだ救いがあります。

つまり、偉い人や著名人の言った事は「正しい」と信じ込む人が増えていると思います。この傾向は直感的には日本人に多いとも思います。

少し言葉の語源を調べれば「なんかおかしいぞ」位には感じなければいけない。それを全くせずに「あのお偉いお方が言ったから正しい」というのは余りに自分の考えがなさすぎ。自分で調べて自分で考える力をつける必要がある。そうでなければ個人の存在意義がなくなってしまう。